『認知症のおばあちゃんの事で、友達に笑われた』地域の人の理解とは?

様々な介護施設を利用できるようになった現在でも、経済的な理由や受け入れ先の施設がまだないという理由、在宅介護が可能であることや、要介護者本人が強く希望しているなどの理由で在宅で生活している認知症の高齢者が存在します。

毎日当たり前のようにデイサービスの送迎車を見かけるようになった今でも、日々変化していく地域の理解は認知症患者と家族にとって欠かせないものと言えます。

 

地域のサポートが難しくなっている現実。地域の人の変化。

「A子どうしたの?学校で何かあった?」
A子
「…みんなに笑われた、おばあちゃんのことで。」
「えっ。そうなんだ…、おばあちゃん時々外に散歩に行くけど最近家に帰ってこれないことがあるのよね。そういう時はちょっとおかしなことを言ったり、この間は怒っていたわ。おばあちゃんの家(田舎の実家)で面倒が見れたら近所に知り合いもいたしよかったんだけれど…」
A子
「みんなはおばあちゃんとかといっしょに住んでいないんだって。」

それまで田舎で一人暮らしをしていた母親が認知症の進行に伴い要介護2となり、家の新築とともに引き取ったおかあさんと家族です。

母親は現在週二回のデイサービスの利用を始めたところです。おかあさんは介護のため会社勤めは辞め、現在は週二回母親のデイサービスの利用日にアルバイトをするのみです。

久しぶりの親子の同居生活にも戸惑いながら、また地域の介護に関しての理解者も探せないまま何か月か経ち、学校から帰ってきた娘の一言でさらに、疎遠になってきた地域の人間関係を目の当たりにし、日々進行する認知症の症状にどのように対処したらよいかますます頭を悩ませたのです。

時代の変化とともに郊外から出て都市部で生活することを選ぶ人も増え、また、都市部から少し郊外に移動する人も増え、そのような家族が住む新興住宅街が多くみられるようになりました。

そのような地域には二世帯住宅は少なく、昼間共働きする夫婦も多くいます。高齢者との触れ合いをあまり持たずに新しい家庭を持つ人も増えてきています。そのような知識、経験不足から高齢者への偏見が生じることがあります。

偏見を持つ親に育てられた子供が親の価値観を受け継いでしまうこともあります。他の家庭を気遣う余裕もないほど生活のために働くことに忙しくなってきているという現状もあるでしょう。

プライバシーを大切にするあまり他の人との間に知らない間に大きな壁が作られることもあります。

また、高齢社会の到来とともに介護サービスが充実し、地域の一般住民にとっては専門家に任せておけばいいものだという認識が作られてしまっていることもあるのかもしれません。

そのような地域で親の介護をする場合、慣れ親しんだ同世代の仲間のいる地域での介護とは異なる難しさが生じます。要介護者は自身の知らない環境で戸惑い不安を感じ居場所を探し不安定になる可能性があります。

昼間にその地域で過ごす人も限られるため顔を合わせたり、挨拶をして気持ちを紛らわせることもなかなかできず、介護者自身も孤独を感じたり、要介護者の認知症状が重い場合には介護に息詰まるような気持ちになる可能性もあります。

特に認知症の症状に徘徊が加わるとき、地域のサポートなしには要介護者の安全を確保することは難しいといえます。時にそのような認知症患者は、信じられないほどのパワーと信念をもって歩き続けることがあるからです。

だからと言って介護者が一日中見守っていることは不可能ですし、心身ともに疲れ切ってしまうでしょう。

認知症や介護を隠さない

「A子はおばあちゃんのことどう思う?」
A子
「今は病気になってしまったけれど、おばあちゃんはすごく優しいし料理も上手だし、すごく好きだよ。」
「そうね、おかあさんもおばあちゃんが病気になってしまったのはとても残念だけれど、でもおばあちゃんがダメな人というわけじゃないっていつも言い聞かせているの。特に最近おばあちゃんが怒ったりするときはね、こんなに   怒るおかあさんじゃなかったなって、病気なんだなって。確かにおかあさんもね、おばあちゃんが変なこと言ったり怒ったりするようになって最初はほかの人に見られるのが恥ずかしくて、おばあちゃんを怒ってしまったりしたわ。でもそんなときおばあちゃんとっても寂しそうな顔をするのよ…。」
A子
「でもおばあちゃんこれから先もずっとこうなのかな…。おばあちゃんのこと好きだけどみんなにそんな風に笑われるのはやっぱり嫌だな。」

認知症の家族を介護する人の多くが持つ悩みは、要介護者を大切に思う気持ちと地域の中でどう思われるだろうかという不安との葛藤です。だからこそ時に実際の認知症の現状を隠しても地域の中で普通の家族として受け入れられたいと思ってしまうものです。

しかし今まで長い間そのように地域の中で隠されてきた存在だからこそ、まだ認知症患者を珍しいものでも見るようにしてとらえる人がいるのかもしれません。大きな特別養護老人ホームが以前は人里離れた場所に作られていたのも隠すべき存在だったからでしょう。

現在団塊の世代が年を重ね、比例して高齢者の数自体が今までにないほど増加しています。これからは社会を構成する世代の大部分が高齢者となるのです。

認知症という病気は特別に隠すものではないという認識を介護者だけでなく、地域全体で培っていかなければならない時が来ていると言えるでしょう。

私たち人間は様々な感情を持ち合わせて生きているので、時に大きな理由もなく他の人の決定や状況を悪くとらえてしまうことがあります。今現在家で介護するという決定をしたとしたら、おそらく何らかの理由があるでしょう。

たとえ他の人に笑われて寂しく思うとしてもそれは他の人の考えであり、それによって自身の決定を恥ずかしく思ったり後悔したりする必要はないと言えます。

 

まとめ

実際のところ、一刻も早く認知症の理解が地域に浸透し、要介護者も介護者も地域で受け入れられるのだろうかという不安を抱くことがない社会を作ることができれば理想的です。

しかし、さまざまな介護サービスのシステムをもってしても一人一人の考え方まで変えることができないのが現実です。

地域によっては小学校を中心として徘徊を見守るようなシステムを作っているところもあるようです。そのようにして時代が変わり、地域の状況が変化したとしても、教育を活用しつつ優しさを培っていける地域が増えることを願わずにはいられません。

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